【マダガスカル、夕暮れのバオバブ街道】バックパッカー異国放浪記 第2弾

らく~ん沢木


序章 〜今マダガスカルが面白い〜

動物好きの方なら、‘マダガスカル’と聞くだけで大興奮間違しだろう。何せ古代から変わらない原猿・キツネザルが数多く住んでいる森があるのだから。

昔、家電のCMだっただろうか? 頭がこげ茶で体が白色の猿がピョンピョン横飛びで跳ねていたシーンを覚えてられないだろうか?

これこそキツネザルの一種で「ベローシファカ」という種類である。木から木へと忍者の如く飛び移り、本来高い木の上での生活が得意な種族なので、地面に降りて来た際の移動は、格好悪いのを通り越して滑稽なのだ。

横飛びでピョンピョンと片方を向いてジャンプを続けるものの、途中で疲れてしまい逆方向に向きを変え、それを何度か繰り返してようやく大木にたどり着き、得意の木の上でのジャンプに戻る。何度見ても飽きない光景なのだ。

キツネザルの種類は非常に多く、最小のキツネザルは1990年代に再発見された体調6cmくらいの「ネズミキツネザル」。最大のキツネザルは、毎朝に雅楽楽器のように高めの音域で、森の中で大合唱をする「インドリ」が70cmくらい。固有酒を始めとする生物の多様性が豊かなマダガスカルである。

マダガスカルの森について

前述のベローシファカのジャンプには、森の喪失と深い関係がある。元々森が豊かであった時代には、ベローシファカは地面に降りる必要がなかったので、「シファカジャンプ」を目にする事はなかった。

昔のマダガスカル島は全てが森で覆われていたのだが、違法伐採や焼畑農業で多くの森が消失してしまい、マダガスカルの90%の森林が消滅したとも言われている。

実際に国内線で移動した時に、機内から見ると悲しくなるくらい、延々と剥げた大地が続き、森はおろか木が1本も見当たらない事が多い。起伏に富んだ山だけは残るので、まるで突起のある砂漠のようであった。

バオバブとは何ぞや?

日本の1.6倍の面積もあるマダガスカル島は、ほぼ真ん中に首都のアンタナナリヴがある。通称「タナ」と呼ばれる標高1300mにあり、アフリカの暑いイメージとは程遠い街である。春(南半球なので、日本では10月頃)には紫色のジャカランダ咲きほこり、1年で一番美しい季節を迎える街でもある。

美しく花咲くタナとは対称的に、マダガスカル南部は乾燥した台地が広がり、砂漠化している場所さえもある。そんな人々には厳しい荒れた大地の中にこそバオバブが点在する。バオバブの種類は11種あり、その中でマダガスカルの固有種が8種類もあるというのには驚く。植物や動物を見るだけでも訪れる価値は非常に高

そんな中でもマダガスカル西南部に『バオバブ街道』と呼ばれるバオバブ密集群がいくつかある。日本からのツアーでも行けるが、ガイド付きとなりかなりの高額出費となるので、個人で旅する方が良い地域かと思われる。

バオバブ街道はどこにある?

大きなマダガスカルの西部地域のやや南部にある。ゲートウェイ都市はMorondava(ムルンダヴァ)。ちなみに、ガイドブックでは‛モロンダバ‘と書かれている場合もあるが、マダガスカルでは‛o’は‛オ’ではなく‛ウ’の発音をするので、‛ムルンダヴァ’が正しい。同様に首都のAntananarivoは‛アンタナナリボ’ではなく、‛アンタナナリヴ’が正解。

ムルンダヴァへのアクセスは大きく分けると2通り。
①飛行機、②タクシーブルース(乗り合いバン)

前者は毎年のように値上がり2018年の料金は片道US$284(30,500円)、後者は1,500円前後と激安。但し所要時間は1時間 vs 15~18時間の違いはある。どちらを選択するかは、旅人の財布と日数で決めれば良いだろう。

ムルンダヴァは田舎街にも満たなく、少し大きめの村と言っても過言ではないが、人々は穏やかで、モザンビーク海峡に面しているため漁業が盛んな街でもある。

旅行者が集まる海岸線のエリアにはホテルや洒落たレストランから安食堂、旅行代理店もあるので非常に便利。中心街までも徒歩で40分位だが、バスや‘プスプス’と呼ばれる人力車に乗ってしまうと便利だ。

バオバブ街道』と呼ばれる通りは、ムルンダヴァから20km強も離れている。アクセス方法は以下となる。
①旅行会社のツアーに入る
②自力でタクシーをチャーターする 
③タクシーブルース(乗り合いバン)で途中下車

以上の3通りから選ぶ。③は本数が少なく現実味は薄い。①は宿泊しているホテルでも依頼できるが料金も高く自由が利かない。バオバブ街道の先にある「キリンディ森林保護区」を訪れた際に、帰路に寄ってもらえるツアーはオススメ。

私たちの最初の『バオバブ街道』訪問の際は②の方法で取った。午前中にタクシーが走っている街中へ出て、自力で交渉し午後にホテルまで迎えに来てもらう。途中、どこに寄りたいかをお願いしておけば連れて行ってくれる。
 
ちなみに5時間弱のチャーターで、途中寄道をしてもらい1台60,000アリアリ(\1,800)。もちろん事前交渉だ。日の入りが17時40分だったの、下記のようなスケジュールとなった。

ホテル(14:50) ⇒ ①水辺のバオバブ群(15:30-15:40) ⇒ ②愛し合うバオバブの樹(16:10-16:30) ⇒ ③バオバブ街道(16:45-18:30) ⇒ ホテル(19:20) 

注意して頂きたいのは、11~4月の雨季の時期は道が完全にぬかるみ、このようなオンボロタクシーでは走れなくなる。料金が高くても4WDを使用する旅行会社のツアーで行く事になる。

バオバブ三昧の日

最初に寄ったバオバブ郡は『水辺のバオバブ群』。
訪れたのは乾季だったので水量は少ないが、雨季には全面水が張り‘逆さバオバブ’がとても美しいと有名な場所らしい。

愛し合うバオバブ

こちらはバオバブの樹が絡み合う『愛し合うバオバブ』。
樹の下に立ってみると雄大さがわかる。

オバブは、「昔、鬼がバオバブを引っこ抜き、逆向けに刺してしまった」と言うのが現在のバオバブの姿であるという伝説が残っている。

この『愛し合うバオバブ』にはどんな伝説があるのだろうか?

メインとなる『バオバブ街道』

メインとなる『バオバブ街道』に到着すると、さすがにマダガスカルの観光地と言う事もあり、観光客が必ず100人前後は居る(少ないという説もあるが…)。

マダガスカル人はシャイで自分からは声を掛けて来てはくれないが、こちらから挨拶をすると、必ず笑顔で返してくれる親切な人々だ。
但し、ここだけは「不良少年」と呼んでいた子供たちがバオバブをバックに自ら被写体になり、モデル料の名目で金をせびろうとするので注意した方が良い。

子供たちの写真を撮るだけ撮って、お金を払わずに頻繁に揉めている西洋人を頻繁に目にした。中にはカメレオンを捕まえて来て(飼っているという説も)、写真を撮らせて小遣い稼ぎをしている子供も居る。

 
そんな「不良少年」を除けば、ここ『バオバブ街道』は何百年と続く地元の人たちの生活の場でしかない。
バオバブの横では子供たちがサッカーボールを追い掛け、メインストリートには頭に物を載せ歩く婦人、大きな荷物を大量に載せ揺らしながら走るトラックやタクシーブルース。今でもゼブ牛が荷物を引く牛車も毎日変わらない風景なのだろう。

 
そんな街道に夕闇が迫ってくる。刻々と『バオバブ街道』の色が変化して行くのがわかる。地面にはバオバブの影が伸びていき、バオバブ群が一日の中で最も美しい時間となる。私たち旅人は、ただただ息を呑み陶酔する至福の時が過ぎていく。

陽が完全に沈み壮大な1時間程のドラマを見終えると、次は天空に星が輝き出す。ホテルに戻るタクシーの中では空を見上げて余韻に浸りながら、ムルンダヴァへ戻ることになるであろう。

終章~マダガスカルへの道

「バオバブ」という文字と初めて接したのは、サンテクジュペリの‘星の王子さま’だった記憶がある。
パイロットだった筆者が砂漠の真ん中で不時着し、そこで出逢う少年との物語で、悪者としてバオバブが登場する。

このマダガスカル訪問の25年前に、星の王子さまに逢いに行くと言って、サハラ砂漠があるアルジェリアやチュニジアを旅した事がある。砂漠は寒い季節もあると知ったし、砂漠のバラも普通に落ちていた。四方八方砂だけの音の無い世界も体験した。

しかし、バオバブは他のアフリカ諸国で見たことはあるが、ムルンダヴァの列をなしている群れは見たことがなかった。
1997年にイタリアで結婚式後、アフリカ一周の旅に出るものの、長旅の疲労と妻の原因不明の病気でマダガスカルまでは辿り着けず、その後は私の病気で長期の旅には出られず、ようやく2016年に夢にまで見たマダガスカルの地を踏むことができ感無量だった。
そしてキツネザルもいっぱい見られたし、バオバブ街道にも訪れることができた。

私自身、海外への旅で人生が変わったターニングポイントは何度かあるが、今回のマダガスカルへの旅は間違いなくそのうちのひとつになった。

もしも旅をしてみようと思っている方には、マダガスカルも候補のひとつに入れて頂ければとても嬉しい。あなたの人生をきっと変えるに違いない。

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