コーカサス<新旧混在のアゼルバイジャンへ> バックパッカー異国放浪記4

らく~ん沢木


■序章:‘コーカサス’の場所だけでも知ってほしい!

2017年、つまり昨年、『コーカサス』と呼ばれる地域を旅して来た。少し歴史をかじった人にはロシア語の「カフカス」という名称の方がしっくりくるのではなかろうか?

毎回旅に出る前後には「今度どこ行くの?」「どこ行って来たの?」と公私共に声を頂戴する事が非常に多く、その度に日程や場所の詳細を教えるのだが、今回ばかりは旅した場所がわかりにくい地域で説明に随分と苦労した。

『カスピ海の西にあって、ロシアとイランの間で、トルコの東側…』
という説明は更に分かり難くしているようだった。
ともかく「コーカサス」というのは、「北コーカサス」と「南コーカサス」に地域で分かれていて、私が向かおうとしているのはロシアから独立した「南コーカサス」の、①アゼルバイジャン、②アルメニア、③ジョージア、以上3国を指すことを覚えておいて頂きたい。

■コーカサスへの旅の準備

正直着いてみないと「コーカサス」の国のイメージが沸いてこない。地球の歩き方ロシア編の巻末に、申し訳ない程度に情報が掲載されているが全く役に立たないので、ロンリープラネット社(通称ロンプラ)の「Georgia, Armenia & Azerbaijan」編をイギリスからネット通販で取り寄せた。

この「ロンプラ」は旅人が使用する全ガイドブックの中で、断然の世界シェアNO.1なのだ!!
何が凄いって、写真はほぼゼロ! 言語は英語だが、母国語以外の旅人が使用する前提で書かれており、その国の歴史等を読みこなす事は到底理解できないが、全ページ中高生レベルの英語なら語学が苦手の僕であっても、旅において最も大事な交通網の情報や宿情報のページは何とか読みこなせている。何よりも掲載されている地図や国境情報、交通案内が非常に充実しているので、一度旅に出る際には参考にしてもらいたいガイドブックだ。ちなみに「地球の歩き方」創刊時は、「ロンプラ」を意識して作製されたともっぱらの噂だ。

以前は日本語版も出回っていたが、現在は洋書を取り扱う書店で英語版のみ購入できる。バンコクのカオサンロード(バックパッカーの聖地)で安価で古書が購入できていたが、もしも読者の方が購入されたい場合は、日本の大型書店ではなく、A社の通販で購入するとイギリスから航空便で送って来てくれて書店の半額以下で買えて非常にリーズナブルなのでご記憶を。


さて、今回のチケットはJALのマイレージも貯められるカタール航空の航空券を購入した。カタール航空と言えば、エミレーツ航空とエティハド航空を含めて「中東御三家」と呼ばれ、前二社においては過去の搭乗時に食事もサービスも良かっただけに期待値は高まる。

(行き)東京成田 ⇒ ドーハ(カタール) ⇒ バクー(アゼルバイジャン)
(帰り)トビリシ(ジョージア) ⇒ ドーハ ⇒ 東京成田

 上記のように毎度の「オープンジョー」のパターンを利用し、現地到着地と出発地を変えてその区間を陸路で移動する。このようなチケットを購入する事によって、元の街に戻る必要がなく、時間とお金を節約できるので利用価値は高い。往復の燃油サーチャージと各国の税金を含めて68,140円と最初の想定よりは安くなった。

■コーカサスで何を見るのか?何を感じたいのか?

アゼルバイジャン…  唯一のイスラム教国で、世界23位の産油国。急激に発展しつつあるバクー。
カスピ海を眺めたい。油田は見られるの?

 アルメニア… 世界初のキリスト教国。ノアの箱舟伝説が残るアララト山は元々アルメニア領土だった。
この旅のハイライトとも言えるアララト山を眺め、アルメニア人大虐殺の歴史を学んでみたい

 ジョージア…  2015年に旧ソ連の「グルジア」から「ジョージア」に変更。
ワイン発祥の地と言われており、その味を自ら確認したい。ジョージア料理は美味しいとのウワサあり

 これが僕の旅立つ前のコーカサスの乏しい知識。旅は着いてみてから改めて考えるのが面白いはず。

■カタール航空の評価は?

前述で記した「中東御三家」のひとつ、カタール航空はヨーロッパへの格安ツアーでも利用され、JALのマイレージが格安航空券でも貯まるという魅力たっぷりの航空会社ではあるが、乗ってみて正直ガッカリだった。
どの区間もCAの対応も普通だし、どこかの欧米系航空会社と違い、客を客と見てくれるのだから「悪い」という言葉は当てはまらないが、エティハドやエミレーツの一流のサービスには残念ながら遠く及ばない。


①飲み物の配膳が少ない
②必ずメインディッシュの選択が途中で片方なくなる
③大型機なのにエコノミークラスのトイレが少ない
④ドーハ空港全体の問題だがカフェの料金が高い

この旅の前年に搭乗したエティハド航空はメインが3種から選択でき、一度たりとも僕の席で‘売り切れ’になった事は一度もない。もちろんエコノミークラスでの料理の味は世界でもトップクラスだったので、カタール航空は二枚落ちるのが正直なところだ。
まあ安いチケットでマイルも貯まるのだから、文句はこれくらいにしておこう。

※こちらの食事はマシな方(朝食)

■アゼルバイジャン入国あれこれ

アゼルバイジャンに入国するには通常VISAと呼ばれる許可証のような物が必要となる。実際にバクー空港で僕も書類に記入し取得したが、不思議なことに無料であった。「無料」というのはよくある話しだが、この「無料」と言うのは世界中で日本人だけが無料なのである!!
通常VISA代でUS$20くらいは必要なのだが、これが無料と言うのはバックパッカーには嬉しい限りだ。これだけで「アゼルバイジャンっていい国!」と日本人ならば誰もが思うらしい。
無料の理由は「日本人に来て欲しいから」「産油に日本人が尽力したから」「親日家の前大統領の鶴の一声」等々言われているが、日本人にとしてはただただ有難く受け入れ、今後も続いていくことを願いたい。
 
夜中到着時や治安が悪い国を除いてはタクシーを利用する事は非常に少ない。ならば空港バスで街中へ向こうと現金片手に運転手に支払おうとすると、ターミナルの方を指差しカードを買えとのこと。バスに乗りたいのならば、suicaやpasmoのようにチャージ方式のカードを購入しないと乗車できないシステムらしい。バスの出発を待たせ慌ててターミナルにある販売機でカードを購入・チャージをしてようやく乗車。初めての海外旅行で香港に行った際に、バスやトラムに乗車してお釣りが貰えないシステムに仰天したが、国が変われば色々なシステムがあるものだ。

ともかく空港バスで街の中心街へ向かい、終点の『28 May』(5月28日駅)で降ろされ、ここからは地下鉄を利用して、途中方向を間違えて戻るハプニングがあったものの、旧市街の『İçərişəhəra Station』(イチェリシャハル駅 ←この駅をどのように発音するかは結構難解だった)に到着。
この駅から歩いて15分くらいの宿をネットで予約しておいたのだが、道路をバリケードで各所封鎖されており、特に歩行者が通れる道が途中で行き止まりになってしる。40度を超える灼熱の街で荷物を背負い大汗をかきながらも、道は閉ざされればまた戻り、大通りを渡れず迂回し、結局1時間以上も迂回の繰り返し。
途中で歩いているアゼルバイジャン人にこれは何ぞや?と尋ねると、一昨日までF1レース「アゼルバイジャン・グランプリ」が行われていたらしく、まるでモナコのように街のど真ん中を車が周回していたようだ。せっかくならF1の爆走を見たかったのが本音。旧市街の城壁から100m程外れた新市街の歩行者天国にある宿にクタクタになりながらチェクインを無事完了できた。

■バクー観光と旧市街の街並み

首都バクーは郊外に出ると交通機関が余り発達していないので、見所が郊外に多いので一日ツアーに参加した。とりあえず行ってみたかったのが、「マッド・ボルケーノ」と名前の通り、油とガスが泥に混ざって噴出している。見た目はプチっぽいが、周囲には何も無く高台にあるので雄大なカスピ海が眺められ、また遥か遠くにバクーの高層ビルを見渡せ、この景色を見るだけでもやって来た価値を感じる。
 
そぐ近くに「ゴブスタン」と呼ばれる古代の岩絵が残っている。周辺は切り立った崖とゴロゴロと大きな岩しか無いが、鹿を狩りしている古代人の絵や牛を飼い追っている動物の岩絵も見られた。実はかなりの種類の岩絵はあると聞いたのだが、猛烈な暑さと ‘蛇注意’ の看板を見てしまったために、更に奥へ進んで探し求める元気は失くしてしまった。


   
このツアーではゾロアスター教の火が燃え続ける寺院や、壮大なモスクも見学もでき充実はしているのだが、昼休み=昼食タイムが無いのである。途中、売店でお菓子を買って食べるしか無いので、最後は空腹と暑さからの疲労で記憶が薄らいでくるハードなツアーだった。
ちなみに各観光名所の入場料は別途だが、ひとり50アゼルバイジャンマナト(AZN/約3,400円)と交通手段が全く無い場所にタクシーをチャーターして行く事を考えると値段的にはお得と言えよう。


カスピ海から200mくらいの場所に世界遺産にも認定されており、まさにバクーの中心部に「İçərişəhəra (イチェリシャハル)=旧市街」と呼ばれる500m四方の城壁に囲まれた場所がある。石畳の道が続き、急坂を古い家が立ち並び迷路のように路地が入り組んでいる。中世シルクロードの雰囲気たっぷりのバクーは、「酷暑+登坂」は非常に苦しいが、湿度が低いために日陰に入るとヒンヤリ。
所々に石造りの家の影を選んで姿を見せる、飼われているのか野良なのかはわからない猫がのんびり歩いているのが癒される。話しが長くなるので詳しくは記せないが、実は猫を見ればその国の国民が動物に対してどのように相対しているかがわかるのだ。


涼しくなってきた夕方は、旧市街のレストランから羊肉を焼く美味しそうな香りが漂い、遠くに見える新市街の「フレームタワー」というバクーの象徴的な近代建築物は、夜になると名前の通り炎のイルミネーションが刻々と変化する。その姿を見学しながら涼むのがお勧め。オイルマネーのお陰で急激に発展してきたバクーだが、古き良き旧市街の街並みが残り、このギャップを体験することがメインの観光だろうか。


※バクー旧市街は猫が多い
※彼方にはカスピ海を眺められるマッド・ボルケーノ。実は入浴可能
※わかり易い動物の岩絵。昔は緑一面だったのだろうか?

■国際夜行列車にて

本来ならば、アゼルバイジャン→アルメニア→ジョージアのルートを取れば無駄なく進めるはずだが、アルメニアとアゼルバイジャンの間には未承認国家「ナゴルノ・カラバフ共和国」での領土紛争が継続的にあり、この二国間を陸路も空路も遮断されているために、ジョージア経由でしかアルメニアへは入国できない。

アゼルバイジャンに到着した日に、両替と街歩きも兼ねてバクー駅(前述した地下鉄『28 May』駅の上にある)に向かった。アゼルバイジャン・バクーからジョージア・トビリシへは夜行列車を利用してイッキに移動したかったのだ。
バクー駅で2日前の購入でも全く問題なく寝台車のチケットを手に入れられた。4人部屋寝台でひとりAZN32.38(約2,200円)はかなり安めなのが嬉しい。


さて、私たちが乗車した寝台列車は、ヨーロッパでよくある「コンパートメント式2段4人部屋」という標準的な2等寝台。若干料金も安い開放寝台(日本のB寝台車)の車両もあるとの噂だったが、全車両を探しても見当たらなかった。

台湾や中国ではどの乗客もお茶を飲むために各車両に給湯器が付属しているが、この夜行列車にも古そうな旧式の給湯器付いていて、暖かい紅茶やコーヒーを飲むにはとても重宝する。街中はもちろん酷暑でも、エアコンは過剰サービスなので、車内は涼しいを通り越して寒いのだ。この列車には食堂車や車内販売のサービスは全く無いので、出発直前にスーパーで買い込んでおいたパンやフルーツ、スナックで翌朝昼まで過ごすことになった。


車内にはきれいな毛布や枕も、それに新しい真っ白なシーツ付いているし、何と言っても全車両エアコン付きだ。車内では危かしそうな人物がウロウロしている訳ではないので、同じ2等寝台でもインドと比べてしまうと天国と地獄ほどの差があると言っても過言ではないだろう。

※列車は撮影禁止のために写真はコレだけ

■さらばアゼルバイジャン

僕にとってはアゼルバイジャンという国を油田以外では全く知らない未知の国のひとつだった。

イスラム教国だが、アザーン(礼拝への呼びかけで、モスクから1日5回大音量が流れる) の音を聞いたのが、遥か遠くに響く1回のみ。お祈りをしている姿を見かけたことはないソフトムスリムの人たち。
顔つきはちょっとしつこい系の中東+中央アジアのウズベキスタンを足して割ったような風貌。

思いのほか気さくで親切な人が多くて驚いた。観光地でさえもボッタくられる事は一度も無かったし、逆に日本人だとわかるとロシア語で話しかけてくれる人も多い。観光資源こそ乏しいアゼルバイジャンではあるが、気さくな人々とふれあいながら、のんびり田舎を巡る旅は改めてしてみたい国であった。
(第2章へ続く)

★(情報1)先日アゼルバイジャン航空が日本に新規就航することが発表された

 ※アゼルバイジャンの郊外はのんびりした田舎だ

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