平成30年7月広島県の豪雨に関する災害ボランティア参加レポート<呉市天応町、安芸郡坂町>

田頭 直樹


大きな被害をもたらした平成30年7月豪雨

全国的に大きな被害をもたらした平成30年7月豪雨を覚えている方も多いのではないでしょうか。本記事では広島県で行われていた平成30年7月豪雨のボランティア活動の様子をレポートします。
今回は8月17日に呉(くれ)市天応(てんのう)地区で、8月18日に安芸郡坂町(あきぐんさかまち)で計2日間活動してきました。ボランティアや防災活動、そして被災地域の現状に興味のある方はぜひご一読ください。

平成30年7月豪雨とは?

2018年6月28日から7月8日にかけて、西日本を中心として日本全国で激しい雨が降り続きました。場所によっては7月の月降水量平年値の2~4倍の雨が降ったところもあり、今回ボランティア活動に参加した広島県でも土砂崩れが県内で5000ヶ所以上で確認されるなどの被害がありました。
この記事を書いている2018年10月現在でも広島県内を走る山陽本線に不通地域があるなど、完全な復興は果たされていません。被災地域が水害の影響から立ち直るまでは、まだもう少し時間がかかることでしょう。

ボランティア参加のきっかけ

筆者の実家は広島県にあるため、平成30年7月豪雨のニュースを見るにつけ心配でなりませんでした。結果的に家族や友人の誰にも被害はなかったのですが、報道番組を見るたび心配していたことを覚えています。
8月に入っても、被災地域の苦しい状況がたびたび耳に入ってきました。そこで、少しでも地元の役に立ちたくて、お盆休みを利用してボランティアに参加してきたというわけです。

呉市天応地区へ

1日目のボランティアでは「広島ボランティア船プロジェクト」を利用しました。広島ボランティア船プロジェクトとは、広島県被災者生活サポートボランティアセンターがさくら海運株式会社および国土交通省中国運輸局の協力を受けて運営しているボランティア船運行計画です。このプロジェクトは広島市の宇品港から無料で呉ポートピアパーク桟橋へ行ける点が特徴で、今回利用しようと思った理由は、山陽本線が使えなかったためでした。

実家から列車と市電を乗り継いで8:20ごろに宇品港に着くと、集合場所の時計台の下にはボランティアスタッフとボランティア参加者らしい方々が集まっています。集合時間の8:45になるとスタッフの方が挨拶を述べ、当日の予定についての簡単なアナウンス、それと水分補給と休憩をしっかりとるよう指示がされました。指示が終わると船に乗り込み、30分ほどで呉ポートピアパーク桟橋に到着します。

ボランティアセンターにて

ボランティアを行う前には、被災地域の近くに作られたボランティアセンターで受付を行います。くれ災害ボランティアセンター天応サテライトは呉ポートピアパーク桟橋から歩いて3分くらいの所にありました。参加の手続きが終わったら、船を降りた時の列でチームを作り、その日1日チームごとに行動する旨が伝えられます。

ボランティアを行う時にはボランティア保険に入っておいた方が良いでしょう。必須ではありませんが、どんな時に怪我をするかわからないため入っておくと安心です。また、当日の保険加入は混雑を招くおそれがあります。なるべく前日までに加入しておいた方がよいでしょう。


必要な道具は天応サテライトにはあらかた置いてあるようでした。持って来るよう言われていたマスクや手袋、ペットボトル飲料も十分な量が用意してあり、道具を忘れてもボランティアに参加はできると思います。ただ、使い慣れた道具でないとスムーズに作業ができない可能性があるので、やはり道具はなるべく自分で持ってくることをおすすめします。

天応サテライトでもスタッフの方の挨拶があり、熱中症をはじめとした体調不良に気をつけること、被災地域で写真を撮らないこと、被災した方の思いに配慮することなどの注意を受け、それから活動地域へ出発しました。

活動地域へ

呉市天応地区も平成30年7月豪雨で大きな被害を受けた地域で、メディアでは土石流や洪水による床上浸水が発生した報道がなされていました。

災害発生から1ヶ月経っていたため、市街の主なところは片付いていました。道路は開通しており、車が行き交っています。所々で重機が動いている点を除けば、街は普段通りの姿と言えなくもありません。
そう思っていましたが、いったん表通りを外れるとまた自分の考えが甘かったことを思い知らされました。角を曲がって小道に入ると、めちゃくちゃに潰れた軽自動車が目に入りました。屋根は完全に押しつぶされ、タイヤも外れています。移動させるためのワイヤーも回されたまま車は道端に放置されており、災害直後の混乱を窺い知ることができました。そのような車は1台ではなく、活動地域に入るまでに数台同じ状態のものを見かけました。所有者の方は無事だったのでしょうか。

作業内容

地域の町会長の方の案内にしたがって、筆者たちのグループは被災した一軒家の前まで来ました。ここがこの日の活動場所です。到着は10時半くらいで、以降昼休憩をはさんで午後1時半まで作業を行いました。

当日の活動内容は土砂のさらい出しです。大きな道路は自衛隊が開通させましたが、活動を行った民家のような路地裏は重機が入れないためボランティア活動で土砂をかきだしているとのことでした。活動したお宅は立派な日本家屋で、1階部分が人間の胸の高さまでの砂に埋もれていました。敷地内の軽自動車はボンネットまで砂に埋もれています。さらに、塩水にやられたのでしょうか枯れている庭木もありました。そうかと思えば、松やキョウチクトウといった限られた種類の樹木は青々とした様子です。立派な家が変わり果てた姿になっており、災害のすさまじさを物語っていました。

作業を行ったお宅の玄関前を埋めている砂をクワとスコップでさらい、猫車に乗せて表通りの空き地まで運びます。土砂を運んだ先の空き地では、工務店のユンボがまた土砂をすくい、大型ダンプに入れています。路地裏は猫車2台分足らずの幅しかなく、複数のグループが交互に行き交いながら土砂を運びました。

ボランティア参加者として幸いだったことは、当日が秋晴れのような涼しい日だったことです。作業時間10分間に対して休憩時間を10分間取るように言われていたので、あまり体力のない筆者でも最後まで務めることができました。チームの中には女性の方もいたので、体力に自信の無い方でもボランティア活動には十分参加できると思います。


午後からの作業内容も午前中と同じで、午後1時半過ぎに作業を終えました。昼休憩は12時から午後1時までの間だったため、筆者たちは午後は40分間ほど作業を行った計算になります。今回は船の出発時間に間に合う必要があったため、作業に取れる時間が少なくなっていました。
作業が終わると、筆者たちが来る前とくらべて奥行1mほどの土砂が玄関前からなくなっていました。家の周りや裏庭にはまだ手付かずの土砂が残っています。このお宅が元の姿に戻るまではまだまだ時間がかかるでしょう。住人の方も筆者たちのチームと一緒に作業をされていましたが、その心中はどのようなものだったのでしょうか。悲しみの色を見せず、淡々と作業を行われていた姿が印象的でした。

作業が終わった後は町会長の方にあいさつをして、天応サテライトまで徒歩で戻ります。 その後、天応サテライトでボランティア証明書の発行など手続きを行って、呉ポートピアパーク桟橋で船に乗りました。

宇品港で解散

宇品港に着くとスタッフの方から簡単な挨拶があり、現地解散になりました。これで、「広島ボランティア船プロジェクト」の全日程は終了です。被災した天応地区に比べると広島市街はいつも通りの町並みで、同じ県とは思えませんでした。交通機関が動き、お店がいつも通り営業している日常がとてもありがたく思えます。

安芸郡坂町へ

2日目に行った広島県安芸郡坂町は広島市と呉市の間に位置します。平成30年7月豪雨では坂町も広島県内で大きな被害を受けたところでした。7月18日に公表された広島県の公式データによると全壊した住宅の数は50棟を数え、全壊家屋数では呉市の73棟に次いでいます。ニュース番組でも坂町で床上浸水が起きた様子が繰り返し報道されていました。

坂町災害たすけあいセンターへ

当日にボランティアとして活動するためには、坂町災害たすけあいセンターで受付を行う必要があります。
センターの中でボランティアの行き先は選べるため、行きたい地区を調べておいても良いでしょう。今回は多くの人数を募集していたため浜宮地区に行くことに決め、そこのブースに座りました。間もなくスタッフの方からの説明があり、その後でそれぞれの地区ごとに分かれて徒歩で出発します。

午前中の活動

浜宮地区に着くと、浜宮ボランティアセンターに立ち寄った後、活動現場に向かいます。今回の作業内容は浸水したお宅の片付けの手伝いでした。午前10時過ぎに現地に到着してから、家主の方から作業の説明を受けます。

活動したお宅は床上浸水による被害が主だったらしく、1階の壁で水に浸かったとみられる部分が変色していました。そのお宅は漆喰塗りの住宅だったため、それなりにお金もかかっただろう立派な塗り壁がはげ落ちていた点が残念でした。

筆者たちのチームが最初にしたことは、室内の家具の運び出しです。タンスや鏡台など大掛かりな家具を複数人数で一つずつ外に運び出していきますした。運んだ家具の中で苦労したものはタンスです。タンスは引き出しを一つずつ出して運ぶのですが、中には水を吸ってふくらみ引き出せないものもありました。引き出しを開けることができても、中の品物が水を吸ってカビている場合もあります。そのため、カビのにおいで気分が悪くなりそうな時もありました。


家具を運び出すと、次は畳を運びました。個人的には家具よりも畳を運ぶ方がきつかったです。畳も水を吸って重くなっており、5人がかりでもかなりの重さを感じます。さらに、畳も大水で劣化しており、ひどいカビのにおいがしました。呼吸器の弱い方だと体調を悪くするかもしれないので、マスクは必要だと思います。

畳を運び出すと、部屋に敷き詰められていた合板が見えてきました。この合板の隙間に持ってきていたバールをねじこみ、一枚一枚はがしていきます。この時筆者はなかなかはがせず苦労しました。ボランティアに行く時はある程度道具の扱い方を知っておいた方が良いでしょう。
それから、床下に積もった泥をはいで土のう袋に詰めました。この時、土の細かい粒子を吸い込んで気分を悪くすることがあるかもしれません。やはりマスクは必須です。

作業を行っていた時は、住人の方が受けた被害を実感して、辛い気分になることもありました。住宅の被害も見ていて辛いのですが、それ以上にいたたまれなかったのは写真などの思い出の品を捨てるしかなかった点です。中には高価な品もあり、大事にされていただろう品物をゴミとして扱うと何とも言えない気持ちになりました。

午後の活動

昼食を終えると、また活動場所のお宅に戻ります。午後の活動は合板を支えていた角材を切断するところからはじまりました。角材を切断しながら、午前中の続きとして土のう袋に床下の泥を詰めていきます。作業をしていた部屋の床下をあらかたさらうと、次はキッチンに作業の場を移し、同じ工程を行いました。

作業を終えて浜宮ボランティアセンターに着いた後は現地解散です。ボランティアセンターで出迎えてくださった方々の中にも被害を受けた方はきっといたでしょう。それでも落ち込んだ様子はまったく感じさせず、終始笑顔で対応してもらえました。感謝の言葉もありません。

ボランティア活動を終えて

今回、2日間ボランティアに参加できて非常によかったと思います。活動を終えてみると、地元のために働く誇らしさを感じられました。さらに、人助けができたという達成感も心地よかったです。終わった後の充実感は素晴らしく、繰り返しボランティアに行く人が多い理由も納得できました。

ボランティアは交通費などの出費は必要ですが、休日を使うだけの価値は十分にあるでしょう。日常ではなかなか味わえない清々しさを体験できるので、おすすめです。


今回訪れた地域がまた元通りの暮らしを取り戻すにはまだまだ時間がかかると思います。筆者が見たような被害を受けた方は多くいるに違いありません。一日でも早く被害を受けた方々が苦しい状況を脱し、また元気に暮らしていけることを願うばかりです。

今回の記事でボランティアに興味を持たれた方がいたら、ぜひどこかで参加してみてください。きっと、あなたの手助けを待っている人がいます。

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